2022年9月に『ESG投資で激変!2030年 会社員の未来』を上梓したIRのプロ・市川祐子さんと、MPower Parnersゼネラル・パートナーの関美和によるESG対談。
前編の市川祐子氏×関美和:ESGの「やらされ感」をなくすには【ESG対談・前編】に続き、後編ではDEI推進のポイントや経済合理性の強調に伴う葛藤について2人が本音で話し合いました。
DEIは段階別に目標設定し、採用・制度・研修で実行
関:MPowerでは「ESG Playbook」を公開しているのですが、そのなかで絶対に外せない4大テーマとしてDEI、データセキュリティとプライバシー、取締役会の構成、そして気候変動対策を挙げています。
このなかで、やりやすいのはデータセキュリティとプライバシーです。気候変動対策も、排出量を測るなどすぐ始められますし、今は電気代も上がっているので行うメリットもあります。取締役会も、外から人を連れてきたり、スキルマトリックスを作ったりと、手をつけやすいと思います。
一番手間と時間がかかるのがDEIです。特にミドルマネジメント層の女性をどう増やすかというのは、上場企業・スタートアップ関係なくどの企業にとっても悩みどころ。市川さんはどこからどのように手をつけるのがいいと思いますか?
市川:まずは目標設定ですね。あるイギリスの大手機関投資家が推奨しているメソッドによると、女性割合を部長クラスで25%にするには、その下の中間管理職で30%、採用では40%にするなど、段階をつけた目標設定が効果的なようです。こうすれば、数年で確実に女性割合が増える仕組みができますよね。
目標の次は行動ですが、ここで重要なのが採用、制度、研修です。女性割合を定めたクォータ制の採用を実行するのはもちろん、どんな属性の人も働きやすい制度や環境が必要です。
たとえば楽天では、ムスリムの人のためのお祈りの部屋を用意したり、社食でハラルフードを提供したりしていたほか、社内情報サイトやヘルプデスクの英語化を進めていました。また、女性やLGBTQ+などマイノリティの人々に対するアンコンシャスバイアスへの気づきを促す研修も効果があります。
行動の次はチェックですね。進捗を測るだけでなく結果を観察して公表すると、さらなるPDCAにつながります。
関:市川さん自身が個人として何か心掛けていることは?
市川:そうですね、個人的には普段話さない属性の人と話すのを意識しています。居心地の悪い相手の話を聞くことが重要かなと。
実際に、以前「ESG大嫌いおじさま」と話したらなるほどなと思うことがありました。その人曰く「1970年頃は石油が将来枯渇すると言われていたのに、今も枯渇していない。だからもう科学者の話は信じない」と。その説は「技術開発が進まなければ枯渇する」という内容で、日本ではその枕詞が抜けて広まってしまっただけなのですが、話を聞いてESGに反対する理由が腑に落ちました。
DEI推進は本来、経済合理性に関係なくやるべきこと
関:ダイバーシティが経済的なメリットをもたらすという研究はたくさんありますよね。実際にMPowerの調査でも、累積資金調達額1円に対するIPO時の時価総額や調達額1円あたりのIPO年売上は、女性創業スタートアップの方が男性創業よりも高いことがわかりました。似たようなデータはアメリカにもあります。
とはいえ、DEIはなかなか進みません。経済合理性があるんだから、VCも女性起業家にお金をばらまけばいいのに実際にはそうなっていない。
市川:確かにそうですね。DEIの経済合理性と同時並行で、男性の家庭進出を促さないと難しいでしょうね。
関:女性の社会進出よりも、そっちの方がむしろ重要なんじゃないかと。家庭内で無償労働をするとはどういうことか、多くの男性が体験した方がいい気がします。
市川:特に団塊など上の世代は女性が働きたい理由がわからないという人も多いですよね。女性にも男性と同じような自己実現欲求があるという理解がない。ここに気づいてもらうには、まず同じ土俵に立つというのが必要です。つまり経済合理性を理由に女性を参加させて初めて、同じ人間だと気づいてもらうしかない。
関:一方で経済合理性にフォーカスしすぎると、裏を返せば「経済的なメリットがなければやらなくていい」というメッセージにもなりかねません。それは違いますよね。
市川:その葛藤、わかります。DEIは本来、経済合理性に関係なくやるべきことだし、最初から同じ人として認めてくださいというのも同時に言いたい。それが昔のウーマンリブだったと思うんですが、それだけではガラスの天井を破れなかった。
振り返ってみると私が通っていた都立高校も、当時は定員が男子300人に対して女子は100人でした。就職の応募資格も、男子は四大卒なのに女子は修士以上とか。
関:女子は自宅通勤じゃないとだめだという謎の要件もありましたね。女子だけ筆記試験が先にあるとか。
市川:そうやって露骨に女性が排除されていたなか、人権的アプローチでは窓が少しずつしか開いていかなかったんですね。だから経済的なメリットを強調しなきゃいけなくなった。
女性の参加によって、取締役会のスキルマトリックスが多様化
関:そうして経済合理性を訴えてもガラスの天井はなかなか破れないわけですが、有効な打ち手と言われるのが先ほども出てきたクォータ制です。
市川:日本人男性だけで経営する多くの企業は井の中の蛙状態ですから、皆さん「自分たちはちゃんとできている」と思い込んでいる。だからこそクォータ制が必要だと思います。
私が社外取締役を務めている企業でも、明らかに女性枠で迎えられたなというところがあります。世の中の要請だから女性を入れただけで、化学反応が起こるなどあまり期待されていなかったと思うんですが、実際は違う人が入るだけで景色が少し変わるんです。
私は女性というだけでなく、その取締役会で初のIT企業出身者でした。ほかの役員とは世代も異なります。つまり人口の半分を占める女性に門戸を開くと、取締役会のスキルマトリックスが広がったんですね。実際にその企業では取締役会の雰囲気が変わり、DEIは経営に悪くないのでは?と思い始めたようです。
関:すごくいい事例です。
市川:なんでわざわざ女性を?と言う人もいますが、今まではわざわざ男性だけでやってきたんです。同じ釜の飯を食ってきた人たち以外の視点を入れたら違う景色が見えるわけですが、それを実感するまでには時間がかかるのも事実です。でも最終的には経営にとっていい結果が生まれるんですよね。
関:最後に、市川さんの今後の展望について聞かせてください!
市川:これからは、自分が「わくわくすること」「うれしいこと」「できること」をベースに、「やりたいこと」を追求したいと思っています。今までは会社のパーパスに共感してキャリアを築いてきたのですが、今後は自分のパーパスに軸が移るイメージです。
私の好きな言葉に、「未知と出会い、道を創る」というのがあります。九州大学のアントレプレナーシップ講座で出合ったのですが、すごくいいなと。あと「生きているのに、チャレンジしなかったらもったいない。まずは、小さく動いてみよう」という言葉も大事にしています。前半はメルカリ会長で鹿島アントラーズ社長の小泉文明さん、後半は関さんの言葉で、それをつなげさせてもらったんですけども。
関:ありがとうございます。今回の本には小泉さんと市川さんの対談も収録されていますね。
市川:はい、小泉さんからも関さんからもすごくいいお話が聞けたのでぜひたくさんの人に読んでいただきたいです。