ラクスル松本CEO:「ESGを通じて社内にパブリックマインドを浸透させ、よい循環を作る」
2022.10.07 Yumiko Murakami and Yuna Sakuma

「仕組みを変えれば、世界はもっと良くなる」というビジョンを掲げて、伝統的な産業にインターネットの力でバリューチェーンや産業構造の在り方を変えるビジネスに取り組んでいるラスクル。印刷のシェアリングプラットフォーム「ラクスル」や物流のシェアリングプラットフォーム「ハコベル」などの事業(セイノーホールディングス株式会社との合弁会社「ハコベル株式会社」を2022年8月8日に設立)を展開し、社会の一員として信頼される企業であるために、ESGに取り組んでいます。そんなラクスルの松本恭攝代表取締役社長CEOにESG経営について聞きました。 

ラクスルにとってのESG

ラクスルとしては、まずはESGのGのガバナンスをしっかりさせること、次にSであるダイバーシティやバリューチェーンにおける人権の問題に取り組んでいく方針であると松本氏は語ります。

Gは会社の継続性、競争力評価のために欠かせないもので、ダイバーシティに取り組むことは、外国籍・LGBTQ+・女性社員の活躍につながります。松本氏は「誰にとっても働きやすい環境をつくり優秀な人たちに活躍の場を提供し、強い会社を創っていきたい」と話します。

また、松本氏は、日本には社会の構成員として必要なリーダーシップを発揮する「パブリックマインド(公的なマインド)」を持つ人が少ないと感じているといいます。欧米と比較してもフィランソロピーなどを通したNPO団体への支援は多くありません。

その点ラスクルでは、NPOに対しては、印刷サービス「ラクスル」を25%割引、災害時の被災地支援を行う団体には、物流サービス「ハコベル」を10%割引で利用可能などの割引の仕組みを提供し、本業を通じて支援しています。

松本氏は、Eについても、国連やダボス会議、投資家などが、「人類の大きな問題に対して社会の一員として取り組んでいくという大きなアジェンダを提唱したことにより、公共心をもって課題を認識し取り組むことがやりやすくなった」といいます。

ESG情報を公開したことで生まれたよい循環

ラスクルは2021年、ESGへの取り組みを自社のウェブサイトで公表しました。

「BLM(ブラック・ライブズ・マター)運動やウクライナ問題に対し、欧米では企業が意思を表明しないことが問題となりますが、日本企業では、意思表明することが問題だと思われていると思います。しかし、ESGの枠組みによって、よりグローバルな民主主義的な価値観を社内に伝えることができるようになりました」と、投資家への情報開示のためだけではないメリットを感じていると語ります。

例えば、NHKスペシャルの気候変動に関する番組を題材に、なぜ気候変動に取り組むべきなのかを社内で議論したり、BLM運動のようなグローバルな価値観についても、議論する機会が増えたと言います。

「日本社会では、LGBTQ+など、多くの人は口にできませんでした。ESGやダイバーシティの取り組みが推進したことで、気兼ねなく感情を表現する意識が生まれ、この会社は安心して働ける環境なんだと思えるようになり、よい循環が生まれているのです」

優先的に取り組むべき重要課題(マテリアリティ)の策定

ラクスルでは、独自性の高いマテリアリティマップを公開していますが、その中でも松本氏は二つの点を強調します。

一つは、「テクノロジーによる既存産業の仕組み革新」。ラクスルの「仕組みを変えれば、世界はもっと良くなる」というビジョンに基づく事業活動そのものが持続可能な社会実現に資すると考えており、マップの右上、社会にとっても自社にとっても最重要課題としてこれを位置付けています。

二つ目として、松本氏があげるのは、「多様な人材の採用と活躍推進」です。独自性があるSの部分として、印刷、物流、テレビCMにおけるサプライチェーン、つまり、パートナー企業のビジネスの成功まで定量化していくことを重要視しています。

また、ラクスルのもう一つのユニークな取り組みが、「次世代リーダー人材の育成と複利による報酬還元」です。日本は、優秀な人材への報酬が低く、一人当たりのGDPは韓国よりも低く、OECD諸国の中で25位です。

「外資系企業と比較すると、日本のメガバンクの役員と海外の投資銀行や大手IT企業の新卒社員が同じ報酬。物価差を考えてもさすがにこれは差がありすぎると思います。価値を出している人に適切な報酬還元がされていないし、能力を持った人が評価されていない。これが日本における大きな問題です」と松本氏は強調します。

そこで、ラクスルでは、能力があり価値を生み出した人は、ポジションや株式報酬で報われる仕組みを作りました。

「価値を生み出している根源は従業員にあるのですから、その従業員が労働報酬だけでなく株式報酬で報われる形をとっていくことが、日本社会が変わっていく上で重要です。ラクスルとしてはここに重きを置いています」

アーリーステージの企業は何を重視すべきか

ESGがなければ、経営者は、売上、利益、ROE、EPS、時価総額などばかりに意識が偏りがちになってしまうと警告する松本氏ですが、これからESGの取り組みを始めようとしている企業に対しては、「ESGを義務として捉えないこと」も必要だと言います。

義務として捉えてしまうと、Sustainalytics、MSCI、FTSEなどの異なるESGの基準に対応しようとするとコストは大きくなり、また、ESG評価の点数を上げることに社内の評価が偏ってしまう可能性があるからです。

そこで、スタートアップ企業には、自社のいるステージによってESGを考えるべきだと語ります。

「Sのダイバーシティの部分は最初に手を付けないと、後から変えていくことが難しい。Gはアーリーステージではやりすぎない方が良いと思います。G(ガバナンス)はバランスと継続性であり、スタートアップの強さはバランスを崩すことにあります」と松本氏は指摘し、ガバナンスの強化は、シリーズBやCで投資家により作られていく側面があるため、SEEDシリーズAでは時期尚早だと言います。「Eについても、むしろPMF (プロダクト・マーケット・フィット)やグロース(成長)を作っていくことが先であり、その後に収益や時価総額でない指標を持つべきです」

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ラクスルは「ラクスル価値創造レポート2022」を2022年7月28日に公開しており、ESG・サステナビリティの取り組みについて最新の情報をご覧いただけます。