ESG投資は、インパクト投資やサステナビリティ投資と何が違うのか。そして、投資家はESG投資をどのように実践しているのか。
そんなESG投資の定義と現状をまとめた本『ESG 投資の成り立ち、実践と未来』が5月22日に発売されました。
今回はその共同著者でコロンビア大学国際公共政策大学院でAdjunct Professor and Adjunct Senior Research Scholarを務める本田桂子さんに、MPower Partners Fundゼネラル・パートナーの村上由美子がインタビュー。
2013年からESG投資に関わってきた本田さんが今回、同じコロンビア大学で教鞭を執る伊藤隆敏教授とともに本を書いた意図や、日本企業に伝えたいポイント、そしてESG投資における誤解と実情などを聞きました。
ESG投資とインパクト投資は似て非なるもの
村上:今回の本、すごく楽しみにしていました!
本田:ありがとうございます。ESG投資ってよく誤解されていますよね。たとえ正しく理解していても、実践ハードルが高い。そうした状況を踏まえて、コロンビア大学国際公共政策大学院の授業で話したことをまとめたのが今回の本です。
村上:本田さんは2013年から2019年まで、MIGA(世界銀行多数国間投資保証機関)でESG投資にどっぷり浸かってこられたんですね。
本田:はい、MIGAでわかったことは2つです。第一に、G(ガナバンス)に加えてE(環境)やS(社会)を投資判断に織り込むと、リスク対比リターンを向上できる場合があること。第二に、企業の価値にESGの全要素が影響を与えるわけではないため、各企業は自社のマテリアルファクター(ESGのうち企業価値に大きな影響を与える要素)の見極めをしなければいけないということです。
その後コロンビア大学に移ると、学生たちがESG投資・インパクト投資・リスポンシブル投資・サステナブル投資などをまぜて議論していたので、各々の定義の違いをきちんと理解してほしいと考えました。
たとえば、ESG投資は投資判断に財務要素だけでなくESGファクターも織り込んでリスク対比リターンの向上を目指しますが、インパクト投資はそういったリターン向上に加えて社会に対してインパクトを出すことを目指します。
インパクト投資は概念としては素晴らしいです。しかし、リターンも社会的なインパクトも出せるような案件は少ない。これは、MIGAで実際にインパクト投資に従事した経験からの学びです。
村上:MPowerを創業するときも、インパクト投資ファンドという定義は避けました。というのもスコープが非常に限定的になってしまうからです。それよりも、ESG投資でリターンを出していくことで、この投資手法が有効であることを証明しようと思いました。
多くの投資家はリターンを狙って組織全体でESG投資を実践
本田:コロンビア大学ではまず、ESG投資についてどういう人がどんな意図で始めたかを徹底的に調査しました。
次に学生には、投資家であるアセットオーナーや資産運用会社が、どのようにESG投資を実践しているのか、ESG投資を行ううえで何が課題なのかも理解してほしいと考えました。実情をわかっていないと、政府で公的年金を運用する立場になっても困ると考えたのです。
具体的には国連のPRI(責任投資原則)のレポートを隅々まで読んだうえで、35の投資家にインタビューを実施しました。そこでわかったのは、投資家は「世の中によいことをする」目的でESG投資をしているのではなく、6割はリターンを上げる、ないしはリスクを軽減する目的でESG投資を行っているということでした。
また、資産運用会社の体制としては、ESG部門を設置してそこに担当させるのではなく、投資担当者全員がESG投資ができるようトレーニングして投資の仕方を変えているところが多く、ESG投資は思ったよりも浸透していました。「今や『ESGについてまったく考えてない』では投資は成り立たない」と言った投資家もいます。
村上:意外と進んでいる印象です。
本田:ただ、「この道〇十年」のベテランのポートフォリオマネージャーに投資のやり方を変えてもらうのは大変だという言葉は各所で聞きました。
村上:やはりマインドの問題は大きそうですね。
本田:そう、ESG投資実践のうえでは社内イノベーションも課題でした。
ESGの正しい定義、データ開示の重要性、アドバイザリー企業の動向に注目
村上:今回の本で、日本の皆さんに伝えたいメッセージを教えてください。
本田:まずは、ESG投資とは財務ファクターに加えてESGファクターの長期的な収益インパクトを考えて投資判断を行い、リスク対比リターンの向上を目指すものだという点です。従って、社会的なインパクトは副産物です。
本のなかでは、先ほど挙げたような似て非なる投資の定義も細かく説明しているので、その違いをご理解いただきたいです。定義が曖昧だから、ESG投資で気候変動への短期的なインパクトがないと「ESGウォッシュ」などと言われてしまうのですが、定義を正しく理解いただければ誤解は解けると思います。
2つめはESGデータ開示の重要性です。情報開示のスタンダードについては、NGO/NPOの活躍で複数のものが並列する時代が長く続いたのですが、今年になって集約しつつあります。世界的にはシングルマテリアリティとダブルマテリアリティという2つの潮流があります。企業価値に影響があるものを開示するのがシングルマテリアリティで、日本はシングルマテリアリティになるでしょう。そして、開示が2024年度からスタートします。
3つめは、ESGデータ格付け企業の台頭です。金融においては、ムーディーズなどの債権格付け機関や議決権行使アドバイザリーファームなどさまざまな情報提供会社ががあります。ESGの世界でも、ESGデータやESG格付けを提供する企業が出てきて影響力を強めています。行政、企業、投資家のいずれにおいえても、ESGデータや格付け企業の動向をよく見ておく必要があると思います。
村上:あとは現在、地政学的な混乱もあってESGの議論が複雑化していますよね。エネルギーが高騰するなど目の前のシナリオがなかなか予見できない状況ですが、それもしっかり見ていく必要がありますね。
顧客と従業員から選ばれるためのESG
本田:実は、日本ではPRIに署名している年金がGPIFを含めても3つしかないんです。また、日本からのPRI加盟機関数は、保険・運用会社等すべて入れても全加盟機関の2%です。
プロが運用しているお金の50%は北米、20%はヨーロッパにあり、日本には6%ぐらいしかありません。その6%が今後世界のルールを作ったり変革を起こしたりするのは難しい。
村上:となると世界のルールについていくしかないのですが、現状ついていっているとは言い難いですよね。このまま改善の余地が見られないと、グローバルキャピタルマーケットから締め出されて資金コストが上がるなんてことにならないでしょうか?
本田:資金コストが上がるかどうかはわかりませんけど、気づいたら欧米の大手運用会社が買わない資産を持ってたという事態に陥る可能性はありますね。
村上:一方、若い企業ではESGのマインドが進んでいるところが多い印象です。ただ実践するうえではリソースがネック。そうした小さな企業へのメッセージはありますか?
本田:新興の運用会社は、負の資産になりうるレガシーアセットがないのはよいことですよね。新しくポートフォリオを作っていく際にESGの視点を組み込みやすいのは、大企業に比べて有利な点だと思います。
あとはデータの捕捉を早くから始めた方がよいということ。運用先の開示方法について質問されたら適切に答えられるようにしておくのも大事です。
村上:ほかにも、トップリーダーのビジョンが浸透しやすいのも小さい企業ならではでしょうね。大きな組織だと組織全体や文化にマインドを広げようにも中間管理職のところで止まってしまい、時間がかかります。ただいずれにしても、トップのビジョンやマインドが定まっていないところは難しいんですが。
本田:今、ヨーロッパやアメリカでは2つのポイントに注目が集まっています。
1つは顧客から選ばれるためにESGが必要だという点。一例をあげると、欧州で生命保険に新たに加入しようとする顧客は、自分がすぐに死ぬとは思っていません。自分が死ぬかもしれない20年から40年後もその生保が存続していることが大事なわけです。ですから保険の契約の際に、その生保がどの程度持続可能性を加味した運用をしているかを聞いてくるそうです。
村上:実際にMPowerが投資するアメリカ企業のなかには、顧客からESGをやっていないと契約を更新しないと言われているところがあります。
本田:もう1つは、従業員から選ばれるために必要だという点。若い世代の意識は変化しています。また、G7全体では、これから2100年までの間の年平均人口増加率は0.08%しかありません。人口があまり増えないなかで、どう人材を採用できるかはかなり大事です。
村上:私も20代の人たちと話すと学ぶことが多いんですが、若い世代の高度人材の獲得に関してはESGをやってるのとやってないのでは全然違います。特にスタートアップにとって人は命ですから死活問題ですよね。
本田:死活問題です。
村上:本にはもっと色々詳しく書かれているので、多くの人に読んでほしいですね。