「賛成する人がほとんどいない、大切な真実はなんだろう?」
これはピーター・ティールが書いた『ゼロ・トゥ・ワン 君はゼロから何を生み出せるか』の中の有名な一節です。ティールは、「世の中のほとんどの人がXだと信じているけれど、本当は非Xであること」、つまり逆説的な真実にこそ大きな事業機会と投資機会が存在すると言います。
隠れた真実はどこにある?
では、人々が見落としがちな「隠れた真実」を見つけるには、どうしたらいいのでしょう?まずは「ほかにだれも見ていない場所」を探すこと。そして、「そこにある通説は何か」を探すことです。ではこれをベンチャーキャピタルに当てはめると、「ほかのVCが見てない場所」を探し、そこにどんな通説(バイアス)があるかを探ればいいということになります。ここで、スタートアップ投資において多くの人たちが「見落としている(かもしれない)場所」を見つけるヒントを探っていきたいと思います。
2パーセントの意味
2%―これはスタートアップ投資全体における女性起業家への投資額です。
2023年、国内スタートアップの資金調達は総額で7,536億円、調達を果たしたスタートアップの数は2823社にのぼりました。女性創業者の調達金額を2%とすると、総額で150億円になります。さらにVCからの調達に絞って見ていくと、全体の約4割です。とすると、2023年に女性創業者がVCから調達できた金額は60億円前後と考えられます。同年に(1社で)50億以上の調達を果たしたスタートアップの数が16社(すべて男性創業)あることを考えると、女性創業者の調達額が極めて少ないことがわかります。
上記と同じデータベースに含まれるスタートアップの女性創業者の数は約320社。新規開業率を男女で比べると、女性創業は全体の4分の1を占めています。ここからも、2%という数字は偏りのある割合だということがわかります。ここに「多くの人が見過ごしている投資機会」が存在するのではないかと私たちは考えます。
女性創業者にまつわる通説
女性創業者の調達額が小さくとどまっている理由はひとつではないでしょう。構造的な要因と個別の要因が絡まっていることは間違いありません。ここでは、私たちがよく耳にする女性創業者にまつわる通説を挙げます。この通説(バイアス)が、女性創業者の資金調達を困難にしている一因ではないかと私たちは疑っています。
通説その1:女性創業スタートアップに投資しても儲からない
通説その2:女性創業スタートアップはスケールしない
通説その3:女性創業者がいない
通説を覆す
- 2020年から2023年に上場を果たしたスタートアップを創業者の性別で分けたところ、女性創業スタートアップの調達額あたり上場時の時価総額は男性よりも1.5倍高いことがわかっています。
- しかも創業から上場までの日数を比べると、女性創業スタートアップは男性に比べて30%ほど上場までの日数が短いこともわかりました。
- では調達金額で割らない上場時の時価総額を男女別に単純平均してみたところ、これも女性創業スタートアップの方が高いことがわかりました。
- また、各ステージ別にエントリーバリュエーションを男女別で分類したところ、すべてのステージで女性創業スタートアップは男性創業スタートアップに比べてエントリーバリュエーションが低いことがわかっています。(業績や成長性といったファンダメンタルズでは説明がつかないほどバリュエーションの格差が大きい事例も少なくありませんでした)。
- そしてスタートアップデータベースに含まれる女性創業スタートアップの数は400社。これは何らかの形で資金調達を果たしている女性創業者の数ですが、その外側に大きな予備軍がいるのではないかと思われます。2023年の開業者に占める女性割合は全体の約25%と過去最高を記録しています。ちなみに、MPower Partners Fundのポートフォリオに占める女性創業スタートアップ(創業チームに女性がいる場合を含む)の割合は約35%にのぼります。
女性創業スタートアップはVC業界の隠れた真実かもしれない
こうした考察を経て、私たちは女性創業スタートアップはカテゴリーとしての隠れた投資機会であるという確信を強めています。そしてこの隠れた投資機会をものにできる最適な立場にいるのが、私たちMPowerだとも考えます。
最後に一言。私たちが女性創業者への投資機会を訴えた時に、最もよく聞く反論は「投資判断の際に性別を意識したことはない」*というものです。はたしてそうでしょうか? スタートアップ投資の98%が男性創業者に向かう現状からは、多くの投資家の投資ユニバースは(意図せずして)ほぼ男性創業スタートアップに限定されていると言えるのではないでしょうか? 「性別で限定していない」はずなのに、見落としている(したがって割安な)大きなユニバースがその外にあるのでは? そうした気づきを与えてくれるのが、ここに抜粋したデータであり、私たち自身が多くの男性及び女性創業者に出会う中で得た考察なのです。
こちらのデータ及び考察について、もっと深く知りたいという方がいらしたら、MPowerの関美和または夏叶(Xia Ye)までご連絡いただけますと幸いです。
*この主張にはさまざまなバリエーションがありますが、根っこは同一です。たとえば、よく聞くのが「採用や昇進において、性別を考慮したことはない(実力で選ぶ)」というものです。では管理職に男性しかいない企業は、本当に性別を考慮に入れずに選んでいるのでしょうか? 社員の男女比率と管理職の男女比率が著しく違っている場合(ほとんどの企業がそうですが)には構造要因による何らかの見落としが存在し、ここに隠れた採用と昇進の機会があると考える方が合理的であると私たちは思います。
年末年始のおすすめ読書リストはこちら
隠れた真実について、この年末年始に楽しく学んでみたいという方には、こちらの書籍をおすすめします。
- 『ゼロ・トゥ・ワン 君はゼロから何を生み出せるか』ピーター・ティール著:言わずと知れた名著です。まだ読んでいらっしゃらない方はぜひご一読を。
- 『マネー・ボール 奇跡のチームをつくった男』マイケル・ルイス著:今ではすでに通説となった、野球界の隠れた真実を教えてくれます。ブラッド・ピット主演で映画化されました。
- 『存在しない女たち 男性優位の世界にひそむ見せかけのファクトを暴く』キャロライン・クリアド=ペレス著:公衆トイレから医療から税金から災害現場まで、一見「公平」な場所に隠された男女格差の見えない真実を教えてくれる、衝撃の書籍です。
- 『移民と日本社会 データで読み解く実態と将来像』永吉希久子著:感情論を排して、計量分析で日本社会への移民のインパクトを描いた書籍です。移民にまつわる通説が覆されます。