※この記事の内容は、弊社ゼネラル・パートナーの村上由美子が2023年1月13日以降の各新聞に寄稿したものです。
アイスランドのヨハネソン大統領が昨年末、来日した。5人の子供の父親として5回の育児休暇を取った「イクメン」だ。女性のフィンボガドゥティル大統領が長期政権を担っていた1980年代に、多感な時期を過ごした。「男の子でも大統領になれるのだろうか」との不安を抱いていた、と冗談まじりで語った。
情報開示
アイスランドでは家庭や教育、ビジネス、政治など多くの分野で男女共同参画を促進し、ジェンダー(社会的性差)平等を確立してきた。女性の社会進出を、その背中を押すだけで推進しようとするのは効果的でない、とヨハネソン大統領は断言する。
翻って日本では政府が昨年、男性の育児休暇取得に関する企業の情報開示の義務化を決めた。男性社員が育児休暇を取る権利について、日本の法律は世界で最長クラスの52週間を保障している。しかし、取得の率と日数は世界で最低レベルだ。形骸化した制度が意味のある形で実践されるかどうかが注目される。
日本人男性は家事や育児といった無償労働の時間が、諸外国の男性に比べて極端に短い。男性が主体的に家事や育児を担うのが当たり前の社会でなければ、ジェンダー平等は実現できない。
男女の賃金格差に関する情報開示も2023年度に義務化される。この10年で日本の女性就業率は大幅に上昇し、多くの欧米諸国を上回る70%に達した。政府が保育施設を増やすなど、働く母親の支援策を充実させた結果だ。
一方で男女間の賃金格差は先進国中最大級の約25%のままで、ほとんど改善していない。賃金が比較的高い正規雇用の管理職で、女性の比率が低いためだ。仮に多くの女性が採用されても、転勤を伴う異動や一定の勤続年数が昇進に有利に働く環境下で、女性管理職を増やすのは容易ではない。
一連の情報開示は、企業のジェンダー平等への取り組みを可視化し、投資家に企業の人的資本経営の優劣を判断してもらうのが狙い。社員を資本と位置付け、その潜在価値を最大限引き出し、企業価値を高めることが期待される。それができない企業は、資本市場に淘汰(とうた)されるかもしれない。
経済協力開発機構(OECD)の調査によると、日本人女性の読解力と数的思考力の習熟度は国際的に最高レベルにあり、朗報だ。優秀な女性が男性と同じ条件で労働市場に参加した場合、日本の国内総生産(GDP)を約20%押し上げる効果があると試算されている。
逆転の発想
日本人女性は高い教育レベルを有しているにもかかわらず、事務など定型業務に従事する比率が国際的に突出して高い。今後デジタル化による業務の自動化を背景に、職を失うリスクは男性の4%に対し女性は12%に上ると推測される。
日本のジェンダー・ギャップ(男女格差)は危機的な状況であるものの、逆転の発想をもってピンチをチャンスに変える企業は今後、増えるのではないだろうか。少子高齢化に伴う労働者不足が深刻化する日本企業が、積極的にイノベーション(技術革新)に取り組み、作業の効率化を図るのは必須である。
ビジネスのデジタル化を促すと同時に、ハイテク環境の中で社員がより効率的に働くのに必要なスキルを、継続して習得できるような人的投資が重要だ。低スキルの定型業務に従事する女性にもリスキリング(学び直し)の機会を提供し、組織全体のデジタルスキルと生産性を底上げしていく企業こそ、成長が期待されるであろう。
加えて、女性管理職を増やすことで多様性に富む視点を意思決定プロセスに反映させる体制を構築できる組織は、技術革新を実現しやすい企業文化を醸成できるはずだ。
昨年12月に東京で開かれた国際女性会議の開会式で、岸田文雄首相は「女性の経済的自立は(政府が掲げる)『新しい資本主義』の中核だ」と強調した。ヨハネソン大統領も登壇し、ジェンダー平等は国家の繁栄に直結すると述べた。
アイスランドの人口は36万人を上回る程度である。だからこそジェンダー平等を促進しながら、国民1人1人の価値を高めることを経済政策の柱としてきた。人口減少と経済低迷に直面する日本が事態打開に向けて学ぶべき知見が、この小国にあるのではないか。