ESG実践で必須の4大テーマ・後編:取締役会の構成と気候変動対策
2022.08.03 Kathy Matsui, Yumiko Murakami, Miwa Seki, and Yuna Sakuma Playbook

どんな企業でも押さえておきたいESGの必須テーマとして、前回はDEI、そしてデータセキュリティとプライバシーが重要な理由を解説しました。後編の今回は、残り2つのテーマである取締役会の構成と、気候変動対策について詳しく掘り下げます。

3. 取締役会の構成

設立して間もないスタートアップでは、取締役会があったとしても、経営層の小集団になりがちです。調査によると、最初の資金調達時の取締役会の平均規模は3.6人で、その構成メンバーは主に創業者と上級管理職のみによって占められています。また最初の資金調達からイグジットまでの期間における取締役会の平均人数は4.4人であり、投資家(通常はVCファンド)が約2席、役員が1.7席、そして社外取締役はわずか0.8席であることもわかりました。

ここから見えるのは、スタートアップでは多くの場合、取締役会の独立性が不十分だという課題です。

とはいえ、独立性、多様性、経験などを適切に組み合わせた取締役会の構築は一朝一夕にはいきません。さらに、さまざまな利益相反や複数種類の株式構造など取締役会特有の課題に対処していると、結果的にIPOに至るまでの時間が長期化する可能性もあります(詳しくはこちら)。

しかし非上場・上場問わず企業でのガバナンスが機能不全に陥る事例が相次ぐと、世界中の規制当局や取引所の間でコーポレート・ガバナンスの健全性がますます重視されるようになりました。直近の日本のコーポレートガバナンス・コードの改定NYSEとNasdaqの取締役会構成要件等の規定は、IPO前の企業が特に注目すべき規制です。

またどんな規模の企業でも、取締役会の多様性はますます重要になっています。多様性がイノベーションを加速させて財務パフォーマンスを高める証拠が次々と出てくるのに伴い、政府や取引所は取締役会の多様性向上を目的とした法律や規則を定める動きを進めてきました。

たとえばEU加盟国は、上場企業または従業員250人以上の企業に対して、2027年までに社外取締役の40%(全取締役の33%に相当)を女性にするよう義務づける法律の草案を承認しました。加盟国では、すでに取締役会の多様性に関する規則を設けていない限り、この規則が適用される見通しです。

さらにNasdaqの5605(f)ルールでは企業の取締役のうち2人は多様な背景を持つ人材にすることを求めています(1人は女性、もう1人は人種的・民族的マイノリティまたはLGBTQ+コミュニティの一員だと自認するメンバー)。この要件を満たさない場合はその理由を説明しなければなりません。

豊富な経験と多様性を備える独立した取締役会を実現するためには、かなり早い段階からその方法を考える必要があります。取締役会が備えるべき要件は次のとおりです。

  • コンピテンシー:自社の成長に貢献する適切なスキルと経験を持つ
  • 独立性:経営層との関係に左右されずに、アイデアや方向性を提示できる
  • 多様性:幅広く多様な考えや経験を持っている

「スタートアップでは一般的に創業者の持ち分が多いため、社会の公器としてガバナンス体制がしっかりしているかどうかを資本市場に示すことは極めて重要です」

ユニファ株式会社 取締役CFO 星直人氏
インタビュー記事はこちらから

4. 気候変動への対策

これまでテクノロジー業界は、石油・ガス、運輸、鉱業などの産業と比べて気候変動に与える影響が小さいという前提で、気候変動対策における監視の目を逃れてきました。実際、テクノロジー業界の二酸化ガス排出量は世界全体の2〜3%に過ぎず、確かにその影響は小さいと言えますが、だからといって気候変動問題に対する責任がないわけではありません。

テクノロジー業界は急成長しており、気候変動への影響は大きくなる一方です。研究によると、現在のトレンドが続けば、2040年までにテクノロジー企業は世界の排出量の15%を占める見込みです。またテクノロジー業界の成長が著しい国では、再生可能エネルギーだけで必要なエネルギーを賄えず、化石燃料エネルギーに頼り続けているという現状もあります。

テクノロジー企業が私たちの生活にさらに深く入り込むにつれ、世界中の何十億というユーザーの態度や行動はその影響をますます強く受けるでしょう。また国や産業界が脱炭素化を目指すなか、テクノロジー業界にはそれを実現するソリューションが期待されているほか、人々の態度や行動を変化させる重要な旗振り役としても注目が高まっています。

こうした状況を背景に、投資家は気候変動とその影響をリスクとして捉え、あらゆる規模の企業に対して排出量の明示と気候変動対策を強く求めるようになりました。さらに投資家の関心と圧力に対応して、各国・地域とその証券取引所(例:米国のNASDAQ、シンガポールのSGXEUの全取引所に影響するEU報告要件など)は、気候変動と持続可能性に関する報告要件を強化しつつあります。さらに日本でも、2023年度から有価証券報告書の記載事項として、男女別賃金や女性管理職比率などとともに気候変動対応の開示が義務づけられる見込みです。

世界的な企業の創業者だけでなく、投資家、スタートアップの従業員、規制当局からは、テクノロジー業界は気候変動対策に責任を持つべきだとの声が高まっています(詳しくはこちら)。気候変動リスクに対してスタートアップがすぐに対応するのは難しいかもしれませんが、IPO前の企業が二酸化炭素排出量を測定、管理、削減することは非常に大切です。

ここまで前後編にわたってESG実践で外せない4大テーマを解説してきましたが、各テーマがなぜ重要なのかイメージできたのではないでしょうか。次回からは、いよいよ自社で実践する際の具体的なプロセスをお伝えしていきます。