ESGを実践するメリットは十分理解したけれど、具体的にどんなテーマに取り組めばよいのかまだわからないという人も多いでしょう。実際、企業が注力するテーマは製品やサービス、ビジネスモデル、地理的なロケーションなどによって異なります。しかし、どんなステージの企業でもこれだけは欠かせないという課題が次の4つです。
- DEI(多様性、公平性、包括性)
- データセキュリティとプライバシー
- 取締役会の構成
- 気候変動への対策
ここからは前後編に分けて、これら4つの重要テーマがなぜ重要なのか解説します。前編では、DEI(多様性、公平性、包括性)、そしてデータセキュリティとプライバシーについて押さえましょう。
1. DEI(多様性、公平性、包括性)
テクノロジー企業に代表されるスタートアップ業界は、DEIの取り組みに対して腰が重い傾向にあります。
実際に、2019年のスタートアップ投資額のうち84%が男性のみで創業された企業に集中しています。2020年には女性のみで創業されたテクノロジースタートアップへの投資額は2.3%にまで減少しました(詳細はこちらから)。また、技術者における女性の割合はわずか25%にとどまっています。
もちろん日本も例外ではありません。金融庁オープンラボのレポートによると、2019年の「資金調達上位50社のうち、創業者か社長に女性が含まれる企業が手にした調達額」は全体のわずか2%、また2021年時点での「女性が代表を務めるVCの社数比」は1%だったことがわかりました。
こうした事実はエコシステム内ではよく知られていますが、多くのスタートアップは改善に向けて積極的に取り組んでいません。世界経済フォーラムによる「2020 Global Startup Outlook report」によると、自社にリーダーシップの多様性を増やすプログラムがあると答えた人は全体のわずか4分の1でした。
しかし、多様性に富む組織はそうでない組織よりも高い成果を出すことは、多くの研究から明らかになっています。
BCGが行った調査によると、経営層の多様性が平均以上の企業では、平均以下の企業よりもイノベーション収益(過去3年間にローンチした製品やサービスによる収益)の割合が19ポイント高いと判明しました。また別の調査では、女性が創業または共同創業したスタートアップでは長期的に業績が向上しているとわかっています。さらに男性が創業した企業では1ドルの資金で31セントを生み出しているのに対して、女性創業者は78セントを生み出しており、より高い投資効果を上げていることも証明されています。
多様性が実際に企業価値を高めるとわかるにつれ、DEIに対する投資家の関心も高まってきました。またLP投資家がESGを重視するようになったのを受けて、VCでもポートフォリオの多様性が重要課題になりつつあります。こうした背景から、多くのVCは多様性に富むスタートアップへの投資を優先したいと考えているのです。
つまり今後、多様性・公平性・包括性を考慮しない企業は人材の確保や定着のみならず、資金調達においても不利になると言えるでしょう。
2. データセキュリティとプライバシー
近年、企業による個人情報の利用とそれによる収益に対して、個人だけでなくさまざまな国や地域の政府から強い反発がありました。度重なる情報漏えいやユーザーデータの不適切な取り扱いへの対応が不十分であったことから、各国や地域の政府は企業に対してデータセキュリティやプライバシーポリシーの改善と具体的な対応を求めています。政府による規制の例としては、EUのGDPR、日本のAPPI、アメリカのHIPAAなどがあります。
こうした規制の強化を受けて、データセキュリティやプライバシーに対するポリシーやその運用を怠ってきた企業は、顧客を失い、罰金を科され、評判を落としてきました。その結果、企業価値が下がるのはもちろん、極端なケースでは倒産にまで至っています。特にスタートアップがサイバー攻撃を受けた場合、企業が支払う対応コストは平均で1回20万ドルと推定されており、場合によっては存続の危機にもなりかねません。
またスタートアップのセキュリティには投資家だけでなく顧客も高い関心を寄せています。実際、顧客が投資や製品・サービスを契約する前に、データ管理方針について尋ねるケースは増えています。
さらにテクノロジーによる社会的・経済的混乱を回避するため、規制当局や市民社会をはじめとするステークホルダーは、AI、機械学習、仮想・代替現実、暗号技術などの新興技術を注意深く精査しています。そのため、堅牢なデータセキュリティやプライバシーポリシー、またそのプロセスがないスタートアップは大きなリスクを抱えることになるでしょう。
後編では、残り2つのテーマである取締役会の構成と気候変動への対策を解説します。