サービス業の進化を支援するClipLineが語る、事業成長のためのESG
2024.05.09 MPower Partners Team

ESG、特にE(環境)の要素は社会貢献活動の一環だと誤解されがちです。そのため、スタートアップでは事業がある程度大きくなってから着手しようと考えるところも多いでしょう。

MPower Partners Fundが2022年に出資したClipLineもその1社でした。サービス業の生産性向上を通じて人材不足の解消に挑むという社会課題解決型の事業を展開する同社ですが、意外にもMPowerと出合うまでは自社の事業を推進するうえでESGをほとんど意識していなかったといいます。

それから約2年が経ち、今やESGはClipLineの事業成長にとって欠かせないフレームワークとなりました。この大きな転換の裏側には何があったのか、その道のりを見ていきましょう。

ESGは社会貢献活動ではなく、事業成長のためのフレームワーク

ClipLineが提供する「ABILI」は、サービス業の経営課題解決や現場の改善をサポートするプラットフォームとして、大手企業を含めた数々のサービス業に支持されています。MPowerから出資を受けた2022年にはすでに40万人のユーザーを抱えていましたが、さらなる成長を成し遂げるには中長期的な戦略が欠かせません。そんな思いが膨らんでいたときに出合ったのがESGでした。

それまでもESGについて耳にしたことはあったものの、「当時はソーシャルグッドの側面が強いと思っていた」と話すのは取締役CFOの渡辺雄介氏です。「いつか企業の社会的責任が大きくなれば求められるものという認識で、当時の我々にとっては『今やるもの』ではありませんでした」。

MPowerに背中を押される形でESGに取り組み始めたものの、当初は「マテリアリティとは何か」「フレームワークはどこで入手できるのか」など疑問だらけ。手探りの状況のなか、渡辺氏、代表取締役社長の高橋勇人氏、経営管理部の井上真由加氏の3人は、MPowerと月に1度の壁打ちを行いながら半年ほどかけてロードマップを作っていきました。

マテリアリティの特定で特に活用したのは、投資家にとって重要な項目や指標が業種ごとに設定されたSASBのフレームワークです。「自社視点で重視する項目」と「ステークホルダー視点で重視される項目」の交点から優先課題を抽出し、具体的なアクションプランに落とし込んでESGロードマップが完成した頃には、渡辺氏の考えにも変化が芽生えていました。

ClipLine株式会社 取締役CFO 渡辺雄介氏

ClipLineの事業成長=人材不足という社会課題に解決策を提示すること

「『できる』をふやす」をミッションに、サービス業で働く人々の環境を改善して人材不足の解決に挑むClipLine。その事業を進めること自体がS(社会)の実践といっても過言ではありません。

日本全体で人手不足が叫ばれるなか、とりわけ深刻なのがサービス業です。現場運営の中核を担う非正規社員は入れ替わりが早い傾向にあるため教育が行き届かず、ノウハウもなかなか蓄積されません。その結果、提供するサービスの質がバラつきやすく、生産性の低下を招いているという課題があります。

「外部機関によると、2030年にはサービス業でおよそ400万人分の人手が足りなくなると予測されています。その規模感の課題を解決するには、業界全体の生産性を高めるしかない。当社の事業を大きくすることはつまり、その解決策を提示すると言っていいと考えています」(渡辺氏)

Sでは従業員を手厚くサポートし、Gでは充実のリスク管理体制を構築

ClipLineではサービスだけでなく、社内文化においても「人にフォーカス」するという世界観を大事にしています。

そのため、同社が特に重視するマテリアリティもSの「人」に関する部分です。たとえば福利厚生では、法定日数よりも多い有休付与やスキルアップを目的とした学習費用の補助など、個人のウェルビーイングや能力開発を手厚くサポート。また部署をまたぐ3人以上の集まりに対して費用を補助する施策は、従業員から「オフィスの外でのコミュニケーションが促進され、業務が進めやすくなった」と好評です。ほかにも複数部署のメンバーが参加するハッカソンを開催するなど、多様な視点から刺激を得る機会作りを促進するとともに、情報やノウハウのサイロ化を防いでいます。

これらの施策の多くは以前から存在していたものですが、ESGに取り組み始めてからは有休取得率などのデータをモニタリングするようになりました。「取り組みへの意識が高まるようになったのはもちろん、データを見ることで他社や上場企業と比較できるようになったのは大きい」と渡辺氏は話します。

以前からの取り組みを整理したという点はG(ガバナンス)の領域でも同じです。初期の頃から上場を意識していたClipLineでは、取締役会や監査役会を早い段階で構築。またリスク管理委員会や内部告発窓口の設置、緊急事態に備えたBCP(事業継続計画)の策定、プライバシーマーク認定の保持など大企業並みの経営管理体制を整備してきました。

一方、新たな試みとなったのがEの部分です。「そもそもCO2排出量について考えたこともなかったし、算出できるのも知らなかった」という段階から始まった同社では、電力消費量からCO2排出量を推定する方法でモニタリングを開始。現在はトイレの電気を消す、エアコンの温度設定を抑えるなどの地道な節電に取り組んでいます。 

こうした取り組みについて井上氏は「いざやるとなると知らないことが多かった」と振り返ります。「地球環境が大きく変化したら会社運営どころじゃない。ESGとは事業を成り立たせるためのものだと気づいたことで、事業を育てる視点も変わりました」。 

ESGの実践は、事業運営における「守りの側面」

ESGへの取り組みは、社内外に少なからぬ効果を生んでいます。

社内では、MPowerからの出資が決まった頃に全体総会でESGについて共有。すると反応は概ね好意的で、自分も関わりたいと手を挙げる従業員が何人も出たほどでした。渡辺氏の肌感覚では「従業員エンゲージメントにもポジティブな影響がある」といいます。

また取引先や株主候補となる投資家に対しては、ウェブサイトでマテリアリティやアクションプランを共有して以来、会社としてのスタンスや企業価値をより伝えやすくなったそうです。その意義について「守りの側面が強い」と話すのは高橋氏です。

ClipLine株式会社 代表取締役社長 高橋勇人氏

ClipLineのESGジャーニーは今後、各アクションに対する目標とメトリクスを導入し、実効性を評価する段階に入ります。特に優先度高く行うのはやはり「人」関連の分野です。領域ごとのマテリアリティやアクションについて詳しくはぜひ同社ウェブサイトのサステナビリティページをご覧ください。