パート1の記事では、ESGの面から見た生成AIの影響を掘り下げました。そこで取り上げたのは、この最先端テクノロジーがはらむリスク、たとえばディープフェイクの創作や生成AIを支える大規模モデルの学習がもたらす環境への影響、そしてプライバシーやセキュリティまわりの懸念でした。
ただこうした心配はあっても、生成AIによって開ける可能性はぜひ知っておきたい点です。そこでパート2のこの記事では、そんなポジティブな面を見ていきましょう。
クリエイティブ業界
生成AIが大きな影響を与えうる分野の1つがクリエイティブ業界です。リアリティのある画像、映像、音声を作り出せる生成AIは、アートの制作や消費のあり方に革命を起こす可能性を秘めています。
生成AIがクリエイティブ業界で活用されている例の1つが、デジタルアート分野です。たとえばアーティストのロビー・バラットは、生成AIを活用して伝統的な技法と最先端技術を融合させたユニークなアート作品を作っています。生成AIのモデルにデータを学習させることで、非常にユニークかつ予想外の画像や動画を生み出しているのです。
そんなロビーの活動を受け、パリのアートギャラリーL’Avant Galerie Vossenは、有名なフランス人画家ロナン・バロットとロビーを引き合わせました。その展覧会「BARRAT/BARROT: Infinite Skulls – An unprecedented encounter between a painter and an artist researcher in artificial intelligence」には頭蓋骨が「無限」に登場。ロナン・バロットが過去数年間に描いた450枚の頭蓋骨の絵をデジタルスキャンし、ロビー・バラットがニューラルネットワークにデータを学習させて、新たな頭蓋骨のイメージを作り出したのです。こうしてデジタルとアナログのクリエイターによるコラボレーション(もしくは対決)が実現し、まったく新しいクリエイティブ・パートナーシップの領域が誕生しました[1, 2, 3]。
2つめの例は、AI生成音楽です。「Amper Music」などの企業は生成AIを使ってカスタム音楽を作るプラットフォームを提供しています。ユーザーが望むジャンルやテンポ、曲調を指定すると、AIが条件に合った完全オリジナルの楽曲を生成してくれるのです。
その例が「Break Free Official Music Video – Composed with AI | Lyrics by Taryn Southern」です。このように独立系アーティストが生成AIを活用すれば質の高い曲をより安く簡単に作りやすくなるため、音楽の創作方法に革命が起こるかもしれません[4]。
ほかにも、生成AIは広告やマーケティング目的で、リアリティのある画像や動画を作るのに使われています。最近ではCoca ColaがAIプラットフォーム「Create Real Magic」を発表しました。ここでは、Coca Colaのアーカイブにある象徴的なクリエイティブアセットを使ったオリジナルのアートワークを生成することができます。
このプラットフォームはOpenAIとBain & CompanyがCoca Colaのためだけに構築したものです。検索エンジンのクエリから人間のようなテキストを生成するGPT-4と、テキストに基づいて画像を生成するDALL-Eの機能を組み合わせたものとしては世界初となります[5]。ぜひご覧ください!
ヘルスケア
ヘルスケアも、生成AIが大きな可能性をもたらす分野です。膨大な量のデータを分析できる生成AIは、既存のものよりも的を絞った効果的な治療法や薬剤の開発に活用できるかもしれません。
たとえばMITの研究者は何百万もの化学物質を分析し、それぞれの病気に効く薬の候補を特定できる生成AIモデルを開発しました。これは創薬プロセスを大きく加速させ、「不治の病」の治療法つながる可能性があります[6]。
生成AIをヘルスケアに活用している別の例が、香港のバイオテクノロジー企業Insilico Medicineの研究です。同社では、命に関わる肺疾患である特発性肺線維症の治療薬候補を開発するために生成AIを利用。生成AIを使ってさまざまな化合物とその病気への効果に関する大量のデータを分析したことで、さらなる研究の対象になる有望な薬の候補を特定したのです。こうしたプロセスには通常なら何年も要すところですが、生成AIの活用によって実際にかかったのはわずか18か月でした[7]。
ヘルスケア分野で最後に紹介するのは、スタンフォード大学の研究者が、新たな抗生物質の候補を特定するために生成AIを使用した事例です。研究者たちは既存の抗生物質とその化学構造について生成AIモデルを訓練し、そのモデルを使って似た構造を持つ何千もの化合物を新たに生み出しました。そしてこれらの化合物をテストし、抗生物質耐性菌の治療に効果が期待できる有望な候補をいくつか特定したのです。このプロセスは創薬を加速させ、病気の新たな治療法を開発するうえで生成AIがもたらす可能性を示しています[8]。
金融や物流
ほかにも生成AIには、金融や物流などの業界における効率や精度を高める可能性があります。DHLの調査によると、配送ルートの最適化が大幅なコストの節約と温室効果ガス排出量の削減に貢献することがわかりました。生成AIを使えば、交通パターンや配送先などのデータを分析し、配送車両が通るべき最も効率的なルートを特定できます。これは、燃料消費量の削減、配達時間の短縮、サプライチェーン全体の効率化につながるでしょう[9]。
金融業界では、不正検出と防止の精度を高めるのに生成AIを活用できます。生成AIモデルが大量のデータを分析し、不正行為を示す可能性のあるパターンや異常を特定するのです。たとえばJPMorgan Chaseは、ソーシャルメディアやニュース記事などの幅広いデータソースを分析し、不正の可能性を特定できる生成AIモデルを開発。これは、不正に伴う金銭的損失を大きく抑えるとともに、金融システムのセキュリティ全体を高める可能性があります[10]。
ほかにも生成AIによって効率アップを実現できる分野が在庫管理です。生成AIが売上トレンドや顧客行動などのデータを分析することで、企業は在庫レベルを最適化しやすくなり、安売りや廃棄につながる余剰在庫の量を減らせます。これはコストを大幅に下げるだけでなく、廃棄物や環境への影響も軽減できることをIBMが示しています[11]。
教育
生成AIは、さまざまな教育目的で非常にリアルなシミュレーションや仮想環境を作るのに使うこともできます。特にバーチャルリアリティ(VR)技術と組み合わせた場合はなおさらです。従来の授業では難しい、またはつまらないと感じられるテーマでも、没入感のある体験を採り入れれば生徒の興味を引きやすくなります。複雑な科目を教える際に生成AIによるインタラクティブで魅力的な体験を提供すれば、理解や定着が進みやすくなるでしょう。
たとえば生成AIで作成した物理シミュレーションを使えば、これまで可視化や実証が難しかった科学的概念を実際に体験してもらうことができます。生徒は仮想の物体を操作して異なる条件下での動きを観察できるため、重力や熱力学などの複雑な概念をより深く理解できるのです。
同様に、生成AIによって歴史を再現すれば、生徒を異なる時代に連れていき、歴史上の出来事を没入感たっぷりの魅力的な方法で体験させることも可能です。生徒が仮想環境を動き回り、仮想キャラクターとやり取りすれば、歴史的な背景や出来事をより深く理解できるでしょう。特に、博物館や史跡などが少ない地域では重宝します。
ほかにも、VRシミュレーションを活用すれば、科学研究所や工場をバーチャルに見学し、さまざまなプロセスや実験が実際にどう行われているかを確認できます。これは物理的なリソースを利用できない学生や、さまざまな場所に出掛けられない学生の勉強に役立つでしょう。
まとめると、生成AIを使って没入感のある魅力的な体験を提供することで、生徒の複雑な科目の理解と定着を促進し、物理的資源が限られた地域の学生に教育機会を提供できるのです[12]。
今回は4つの分野を取り上げましたが、上に挙げたのは生成AIのポジティブな活用のほんの一例にすぎません。ほかにも生成AIの好影響が期待される分野としては、次のようなものがあります。
- 自然災害の予測:地震、洪水、山火事などの自然災害を予測し、早期警報や備えを可能に
- 気候変動分析:気候変動に関するデータを分析し、将来の影響を予測し、政策決定や行動を周知
- サイバーセキュリティ:ネットワークへのトラフィックを分析し、異常を検出することで、サイバー攻撃を特定・防止
- 都市計画:人口密度、交通パターン、環境への影響に関するデータを分析することで、都市計画を最適化し、より持続可能で効率的な都市を実現
- 農業の最適化:天候パターン、土壌の質、作物の収量を分析することで、農業を最適化し、生産性の向上と持続可能な社会を実現
生成AIは、さまざまな業界に大きな効果をもたらす可能性を秘めています。しかしその他の技術と同じように、生成AIの開発・導入に取り組む際は、責任感を持ち、倫理面に配慮することが重要です。
シリーズ最終回となる次の記事では、日本における生成AIの具体的な影響を考察していきます。お楽しみに!
参考:
1. Beal, V. (2021). The 5 positive effects of AI in the workplace. TechGenyz. https://www.techgenyz.com/2021/05/21/positive-effects-of-ai-in-the-workplace/
2. https://aiartists.org/robbie-barrat
3. Hookway, J. (2021). AI Is Changing the Art World. The Wall Street Journal. https://www.wsj.com/articles/ai-is-changing-the-art-world-11627758000
4. https://www.shutterstock.com/music/search?artist=amper-music
5. https://www.coca-colacompany.com/news/coca-cola-invites-digital-artists-to-create-real-magic-using-new-ai-platform
6. Jin, W., Barzilay, R., & Jaakkola, T. (2018). Junction tree variational autoencoder for molecular graph generation. Proceedings of the 35th International Conference on Machine Learning, PMLR 80:2546-2555. http://proceedings.mlr.press/v80/jin18a.html
7. Insilico Medicine. (2022). Insilico Medicine announces preclinical data on potential idiopathic pulmonary fibrosis treatment. Retrieved from https://insilico.com/phase1
8. Stokes, J. M., Yang, K., Swanson, K., Jin, W., Cubillos-Ruiz, A., Donghia, N. M., … & Collins, J. J. (2020). A deep learning approach to antibiotic discovery. Cell, 180(4), 688-702. doi: 10.1016/j.cell.2020.01.021
9. DHL. (2022). Optimizing Deliveries for Reduced Emissions and Costs. Retrieved from https://www.dhl.com/global-en/home/press/press-archive/2022/artificial-intelligence-saves-costs-and-emissions-by-optimizing-packaging-of-shipments-for-dhl-supply-chain-customers.html
10. JPMorgan Chase. (2021). JPMorgan Chase develops AI fraud detection system.
11. IBM. (n.d.). Using AI for Inventory Optimization. Retrieved from https://www.ibm.com/products/inventory-optimization-ai
12. (2021) “How AI Is Revolutionizing Education And Changing The Way We Learn” and can be accessed at the following link: https://www.forbes.com/sites/forbestechcouncil/2021/08/29/how-ai-is-revolutionizing-education-and-changing-the-way-we-learn/?sh=25d5b5c55123