CES 2025の振り返り:AI、米国トランプ政権、そして今後の展望
2025.02.21 Kirara Tsutsui

1月7日から10日にかけて、ラスベガスでエレクトロニクス展示会CES 2025が開催され、世界中からあらゆる業界のスタートアップや上場企業が集まりました。今回投資家として初めて参加した筒井から、4つのテーマに注目した参加レポートをお届けします!

CES 2025の概要

CES(Consumer Electronics Show)は全米民生技術協会(CTA)が毎年1月に主催する展示会です。1967年の開始当初はラジオやテレビなどの展示が中心でしたが、現在は内容ががらりと変わり、自動車からロボット、デジタルヘルスケアまであらゆる分野の最新ハードウェアが集まるイベントに進化しています。コロナ禍には参加者数が落ち込んだものの、今年は約14万人の参加者および4500の企業・団体がラスベガスに集まりました。

1. 主役のAI

イベントの主役はやはりAI。展示されている製品を支える技術としてはもちろん、Google、Samsung、デルタ航空、NVIDIAなど大手企業による新商品にも注目が集まりました。

デルタ航空のAIコンシェルジュ

イベント初日の1月7日には、2016年から米デルタ航空のCEOを務めるEd Bastian氏が登場。「Fly Delta」アプリで使えるAIコンシェルジュの開発を発表しました。サービスは年内にリリース予定で、海外旅行に必要なパスポートの更新やビザの取得の催促、手荷物預けや搭乗ゲートへの道順案内、将来的には目的地の天気予報に合わせた服や手荷物の提案も期待できるとのこと。壇上には米UberのCEO、Dara Khosrowshashi氏も呼ばれ、SkyMilesとUberXのポイント連携に関する共同発表も行われました。

左側に眼鏡をかけた女性のバストアップ写真、右側にデルタコンシェルジュの通知メッセージ

(出典:”Delta unveils AI-powered travel journey with new ‘multi-modal’ transportation options” DELTA NEWS HUB

NVIDIAの新たなGPU

参加者のみならず世界中の投資家の関心を集めたのが、半導体大手の米NVIDIAのCEO、Jensen Huang氏による90分間の基調講演です。1月6日に予定された講演は、その前週からあらゆるメディアやアナリストから大注目され、当日の同社株価の終値($149.43)は2024年11月7日に記録された過去最高値$148.88を3.4%上回りました。

発表自体は市場がとっくに閉じたあと、ラスベガス現地時間18時20分からスタート。Huang氏は、いつもの制服とも言える黒革ジャンの代わりにテカテカする黒いワニ皮のジャケットで登場しました。冒頭ではまず、アナリストの間で懸念されていた次世代GPUアーキテクチャ「Blackwell」の生産課題にまつわる噂を払拭。その後「Blackwell」に含まれる新しいGPUとして、「GeForce RTX 50」を発表し、920億のトランジスタによる毎秒3,352兆回のAI演算の未来について語りました。これはビデオゲーム映像のさらなる進化を可能にする技術で、今後$549と$1,999のモデルを販売予定とのことです。

ほかにも、ロボットや自動運転車を訓練させる仮想空間「Cosmos」や、開発者向けの高性能デスクトップPC「Project DIGITS」、トヨタなど自動車企業との自動運転車の開発予定を発表。これを受け、翌日の1月7日は過去最高の$153.13まで急騰したものの、終値は$140.14で落ち着きました。

11/25から2/19までのNVIDIAの株価チャート。1/6, 1/7, 1/27, 2/19のところにそれぞれ始値、最高値、最安値、終値が書き込まれている

(画像はTHE WALL STREET JOURNALから引用したものを加工)

DeepSeekの登場

NVIDIAが過去最高値をつけた日からちょうど20日後の1月27日に、中国の低コストオープンソースAIモデルDeepSeekの発表がありました。このニュースはAI関連株の大暴落を引き起こし、NVIDIAはウォール街史上最大の暴落(約$6,000億の時価総額損失)を記録。モデルの教育に$600万しか費やさず、使用データ量も少ない中精度の高いモデルをリリースしたという発表から、高精度のLLM開発にはチップと大規模な発電設備がすべてという当たり前が覆され市場が混乱したのです。

米国S&P500インデックスを大きく牽引するMagnificent 7(Apple, Microsoft, Alphabet, Amazon, NVIDIA, Meta, Tesla)の各CEOはDeepSeekを称賛し、なかでもMetaは自社のAIも似たような効率性で稼働できるよう、DeekSeekの組み込みを始めたいとまで発言しました。NVIDIAの2024年度第4四半期決算発表は2月26日に予定されており、株価へのインパクトに再度注目が集まっています。

DeepSeekは今後の生成AI市場にどのような影響を与えるのでしょうか。近年のトレンドを振り返ると、2023年9月にGartner(IT関連の調査を発行するリサーチ企業)が発表した「人工知能(AI)のハイプ・サイクル:2023年」では、ファウンデーション・モデル、生成AI、スマート・ロボットなどがちょうど「『過度な期待』のピーク期(Peak of Inflated Expectations)」に位置づけられていました。それが1年後に更新された2024年版では、3つとも「幻滅期(Trough of Disillusionment)」に向かう右型下がりに動いており、今回のDeepSeekの発表はさらにこの傾向をプッシュすると考えられます。

ガートナーのハイプ・サイクル図2023年版

(出典:”What’s New in Artificial Intelligence from the 2023 Gartner Hype Cycle,” Gartner

ガートナーのハイプ・サイクル図2024年版

(出典:”Gartner 2024 Hype Cycle for Emerging Technologies Highlights Developer Productivity, Total Experience, AI and Security,” Gartner

一方で、Microsoft CEOのSatya Nadella氏はXで、DeepSeekにより崩壊されそうなAIバブルに関して、英国経済学者William Stanley Jevons氏による「ジェボンズの逆説」に言及。この理論は、ある資源の利用効率が改善すればするほど、使用コストの低下により需要は減少するのではなくむしろ増加するという考え方です。中国DeepSeekの台頭は、さらなるAI投資ブームを促進すると考えるアナリストもいれば、当初よりは低いデータセンターや関連サプライヤー需要が待っているというアナリストもおり、評価が分かれています。

ちなみに、ハイプ・サイクル図でオレンジ色の三角で表示されている「Artificial General Intelligence(汎用人工知能)」に関しては、2024年5月のDeal SummitにてNVIDIAのHuang氏が「5年以内に実現する」と言及しています。Gartnerが予想した「10年以上」とは異なる期間を予言したかたちであり、引き続きAIに関しては「不確実性」がキーワードになりそうです。

2. トランプ政権の影響

CESでは毎日50を超えるパネルセッションが各所で繰り広げられていましたが、特に印象に残ったのは2日目の「From Risk to Resilience: Supply Chain Playbook for Innovators(リスクからレジリエンスへ:イノベーターのためのサプライチェーン戦略ガイド)」です。トランプ政権発足前、官民それぞれの有識者によって米国の貿易政策の影響が語られたのですが、その要点をまとめると次のとおりです。

  • トランプ政権発足に限らず地球温暖化や各地での紛争などからサプライチェーンはこれからも激動するなか、サプライヤーの多様化は必須
  • サプライヤーの多様化に加えて、強靭なビジネスを守るためには主要サプライヤーとの直接的な信頼関係が欠かせない。優先的に情報開示や契約見直しを提案してくれるサプライヤーこそが、事業会社の成功の鍵を握る

なかでも注目したのは、AthiniaのCEOが語ったデータ保護の重要性です。AthiniaはEMD Digital(独製薬会社Merckの関連会社)とPalintirの合弁会社であり、各社のIPにまつわるデータを守りつつ、半導体やデバイスに使用されるあらゆる「モノ」のサプライチェーンの最適化を図っています。コロナ禍の2021年に発足した同社のミッションは、「[B]ring semiconductor manufacturers and materials suppliers together to share, aggregate, and analyze data to unlock efficiencies(半導体メーカーと材料サプライヤーが1か所でデータの共有・集約・分析を行えるようにし、効率化を実現する)」というもの。セッションでは、コロナ禍や紛争、関税など、いつもどおりの貿易を遮るような事態に、プランB/C/Dがあることの必要性を語っていました。

第2次トランプ政権発足からまだ1か月しか経っていませんが、これまでのところ予想どおり大統領令が多数出されています。新規の風力発電開発を阻止し化石燃料プロジェクトを加速させる「Energy Emergency Declaration」、難民の受け入れ(US Refugee Admissions Program)の完全停止および出生地主義(米国で生まれた場合アメリカ国籍が付与される)の一部廃止、特定ジェンダーの個人による軍隊での勤務の禁止など、選挙中に謳った過激な施策を大統領は有言実行。しかしその多くに対し、憲法違反として訴訟が起こされており、政権の焦りと緊張感が高まっていることも否めません。

一方で、政権発足前に懸念されていた貿易摩擦に関しては、どう転ぶかまだ読めない状況です。2月1日にカナダとメキシコに25%の新関税、中国には10%の追加関税を課すと発表したものの、カナダとメキシコとは3月4日まで措置を「延期」。中国に対しては公表どおり2月4日から全輸入物に対して10%の関税が追加された一方で、大統領令には追加関税の解消に必要な行動や指標の明記はありませんでした。また、特定の国ではなく、鉄とアルミに対しては3月12日から全輸入に対して25%の追加関税を執行するとも発表しています。

なお日本の石破首相は2月7日にトランプ大統領と会談し、報道では2人の友好関係に関してさまざまな見方が取り上げられました。しかしそれよりも真剣に考えたいのは、新しい日米・米中関係がスタートアップも含めた企業に及ぼす影響です。特にアメリカ市場進出を目指す国内スタートアップはもちろん、アメリカ発スタートアップも今までとは違う戦略を練る必要があります。

日米同盟がどれほど強固でも、我が国だけ貿易摩擦解消の例外になるとは考えにくいなか、日本はこの流れを機会と捉えることができます。アメリカ発のスタートアップは、今までは自国のみを対象市場としていれば十分でした。しかしすでに補助金の廃止や物価高による消費行動の見直しが観測されているなかで、第2・第3の市場開拓をより本格的に思考するはずです。そうなったときに「日本に行こう」と当たり前に思えるような仕掛けを、日本の政府・企業・機関投資家が一致団結して進めれば、日本のスタートアップエコシステムのさらなる活性化が見込めるのではないでしょうか。国内スタートアップがそのようなアメリカ発スタートアップを間近で体験し、自らも国内に留まらず海外展開に挑戦すれば、日本からのユニコーンも増えるのではと期待します。

3. 豊かさとは

ここからは、展示されていた技術に関して触れたいと思います。

会場では、スタートアップによるハードウェアが並ぶEureka Park、大企業による広いブースが目立つVenetian Expoなどエリアが分かれていましたが、共通していたのは健康増進を目的としたウェアラブル機器やデータ関係のサービスが数えきれないほどあったこと。Withingsによる白雪姫に出てくる鏡を想起する等身大の体組成計OMNIAや、Before Intelligenceによる心臓発作を予想するアプリAntStrike、Intinによる精子分析機など、数年前のSF映画に出てくるような技術のほか、フィンランドのユニコーンとしてよく取り上げられるOura指輪の後発商品も多数見られました。

OMNIAの使い方を説明した4枚の写真。2枚目から4枚目は、実際に女性が等身大のOMNIAの前に立って操作している

(出典:Withingsウェブサイト

しかし「Ignorance is bliss(無知は至福である)」ということばがあるように、知っておきたいことと知らなくても良いことがあるのではと個人的には思ってしまいます。その人の性格にもよるのでしょうが、心配性や完璧主義者の場合、自分の身体や睡眠に関してのデータを100点にするために心身を削る可能性もあります。厳格な食事管理と医療検査・実験的な治療を取り入れたアンチエイジング計画「Project Blueprint」で知られるテック起業家Bryan Johnson氏を取り上げるドキュメンタリーを観ても、「1日24時間しかないなか、大半がこのプロジェクトに費やされる場合、果たして何のために長寿を目指すのか?いつ生き始めるのか?」と思ってしまう自分がいます。

ソーシャルメディアも誕生時は画期的だったものの、今となっては「Misinformation(誤報)」や「Doomscrolling(スマホを長時間ぼーっと見てしまう)」が社会課題として認識されています。今回のCESに登場した健康管理を目的としたサービスも同じように、数年後には新しい課題が見えてくるでしょう。そうなってもなお輝く技術が何なのか、今から楽しみです。

4. インクルーシブを体現する

最後に取り上げたいのが、CESのイベントデザインです。イベント自体は3つの会場にわたって繰り広げられ、毎日歩くだけで疲れるほど大規模でしたが、内容の多様性や届け方の思いやりに感動しました。パネルセッションは、CESらしいAIや自動車、ゲームなどのテーマに限らず、マーケティング、テクノロジーにまつわる法規制、ダイバーシティなどを取り上げるものも多数ありました。

特に印象に残ったのが、初日の「Empowering Independence: How AI Is Improving Daily Lives(自立を可能にする:AIが毎日をどう改善するか)」というセッションです。これは、AIが目や耳の不自由な人の生活に及ぼす変化を取り上げたパネルでした。

パネリスト】

登壇企業】

A11y Audits:アクセシビリティを専門とするコンサルティング企業。創業者がパネルのモデレーターを務めた

Be My Eyes:目の不自由な人をボランティアや参加企業の窓口にライブビデオ通話でつなぎ、日常的な作業の視覚支援を提供。電子機器の起動やトラブル解決、食品の賞味期限確認など、目視なしでは確認・実践できないことに対して、音声アシストを通して自己解決できるようにサポートする。P&G、Google、Microsoft、Verizon、Barillaを含む大企業もカスタマーサポートの一環として提供

Sign-Speak:アメリカ手話(ASL)をリアルタイムで認識・翻訳する自社AI技術を開発。聴力のレベルにかかわらず、文字起こしと音声変換を通じてコミュニケーションを可能にする

Be My Eyesの画面が3枚並んだ図。1枚目と3枚目はビデオチャットでユーザーがサポーターに質問している様子、2枚目はコミュニティメンバーのプロフィール

(出典:U.S. Department of Veterans Affairsウェブサイト

Howe Innovation Center:1829年に視覚に障害のある人向けに初めて設立された学校、Perkins School of the Blindの研究機関。通学・寮生活をしている0~22歳までの学生と、商品開発を通してアクセシビリティに挑戦する企業やスタートアップをつなげる橋渡し役を担う。ホンダなどの大企業とも連携し、共同開発したHonda Scenic Audio(車窓の外の景色を鮮明にリアルタイムで音声解説するAIウェアラブル)を去年発表

手話でビデオ会議をしている様子

(出典:aws startups「Sign-Speak は AWS の AI を使用して構築し、アクセシブルな体験を生み出しています」)

3Play Media:ボストン発の企業で、動画のアクセシビリティを向上させるために、クローズド・キャプション(聴覚が不自由な人向けの字幕)、文字起こし、翻訳、音声解説などのサービスを展開。オンライン授業を導入している教育機関をはじめ、政府、パリ五輪中継など生放送を行うメディア、ゲーム会社など、多岐にわたる顧客に販売

山の背景に向けて、Honda Scenic Audioを持つ手

(出典:”New AI-Based Honda Scenic Audio App will Help Make the Joy of the Journey Accessible to the Blind and Visually Impaired” HONDA)

技術そのもの以上に新鮮だったのが、耳の不自由なSign-Speakの共同創業者兼CPO、Nikolas Kelly氏が登壇者として参加していたことです。サービスのデモは事前に準備された動画で説明したものの、他パネリストへの質問やディスカッションは手話通訳を通してリアルタイムで実施していました。また、客席に対しても手話通訳が用意されていたほか、会場の端には目の不自由な人向けに同時音声通訳者のブースも設置され、イヤフォンをはめて参加する人も少なくありませんでした。聴覚や視力のレベルに関係なく、同じ議論のなかにいられる心地良さは個人的に初めての体験でしたし、コミュニケーション手段の壁を超えた世界が待ち遠しいと感じる限りです。

個人的に「健常者」「障がい者」という言葉は前から嫌いでしたが、アメリカにいると「違い」が必ずしもマイナス性を帯びず、会場でも必ず「Differently abled(異なる特性を持つ)」や「Neurodiverse(発達特性のある)」という言葉が使用されていました。登壇した企業や団体が開発した技術をぜひ多くの人に知ってほしいですし、今日にでも日本に上陸してほしいと切に願います。

参考: