ベン・ホロウィッツ氏×関美和:困難な時代にスタートアップが成功するには
2023.03.14

次世代を牽引する幅広いスタートアップに投資するアメリカの著名ベンチャーキャピタル、アンドリーセン・ホロウィッツ(a16z)。そのゼネラル・パートナーのベン・ホロウィッツ氏が、2023年2月28日に開催された東京都主催のカンファレンス「City-Tech.Tokyo」に登場し、基調講演を行いました。

モデレーターを務めたのはMPower Partners Fundゼネラル・パートナーでホロウィッツ氏の著書『Who You Are 君の真の言葉と行動こそが困難を生き抜くチームをつくる』を翻訳した関美和です。

「あなたは困難にどう立ち向かうか?」というテーマで行われた今回の講演では、困難に直面した起業家に必須のマインドセットや、「戦時のCEO」が備えるべきスキル、日本のスタートアップに必要なもの、さらには政策や文化まで中身の濃い話が展開されました。

生き残るのは、自社の価値を正しく理解し諦めない起業家

関:2022年は世界中の国々にとって大変な1年でした。戦争、インフレ、そして為替の乱高下。さらにベンチャー投資額が減少し、IPOも数多く延期されました。こんな状況のなか、起業家に対して生き残るためのアドバイスがあれば教えてください。

ホロウィッツ氏:どのVCも、アーリーステージの企業に投資する資金はまだ潤沢だと思います。すばらしいアイデアがある企業には投資したいですから。投資家としては、イエスと言える相手を常に探しています。

起業家からすれば、1000人にノーと言われても、1人イエスがいれば資金調達は成功です。だから1~2社に断られたからといって諦める必要はありません。 

そもそも投資家は現在の会社の姿だけを見て投資しているわけではありません。将来の可能性に賭けて投資しているんです。それを起業家の皆さんは覚えておいてください。

ほかにも、自社の価値が外的要因で変わりうると理解すること。今は単にバリュエーションが切り下がっているだけです。金利が上がり、ディスカウントレートが上がったために価値が下がっているにすぎません。もし価値が50~70%下がったとしても、金利上昇のせいでそうなったと早い段階で正しく理解できればそこまで気落ちする必要はありません。ただのプライシングの問題ですから。

あとは、リーダーである皆さん自身が問題を一番深刻に感じていて、一番大変なのだと自覚してください。だから従業員が落ち込んでいるのではないかと心配しなくても大丈夫です。 

困難な時代のCEOが重視すべきは一貫性よりも正しさ

関:HARD THINGS』という本では、戦時のCEOには平時のCEOとは違うスキルセットが必須だと書かれていました。そうしたスキルは身につけられるものでしょうか?

ホロウィッツ氏:この本を書いたきっかけはビル・キャンベルというメンターの言葉です。それは、「ほとんど誰もが平時のCEOと戦時のCEOのどちらも経験するが、平時はせいぜい6か月程度で、あとはだいたい戦時だ」というものです。

経営学では、メンバーに権限を譲渡する、マイクロマネジメントをしない、公の場で批判しないなどを学びますよね。どれもよい考え方ですが、これが通用するのは平時です。戦時には周到に経営戦略を熟考する時間のないなかで、無駄な動きをせずにビジネスを正しい方向に進めなくてはなりません

私たちが最近コーチングしたCEOが経営する上場会社では、コロナ禍で売上がゼロに近くなりました。運転資金もほとんどなくなり、株価も半分以下に暴落したんです。

そんな状況で、グーグル出身の人事担当役員が全従業員に譲渡制限株式を付与することにしました。そうやって株価が戻るまで社員を引き留めようとしたわけです。これこそ、平時の発想です。

戦時には、平時の考え方で全員を救うことはできません。ボートが沈みかけていて、岸までまだ3,000マイルもある状況で陸まで辿り着くには、9割の社員をボートから降ろして必要な1割の人たちだけを残さなければならないのです。

戦時の経営には平時とは劇的に違うマインドセットが必要です。厳しい対策を取り、言いたくないことも言う必要があるでしょう。人を育成するとか、慎重に腰を据えてとか、そんな余裕はありません。難しいことですが、考えてみればなぜそれが必要かわかるでしょう。

関:そんな戦時のCEOのスキルを身につけるためには何が必要でしょうか?9割の人をボートから下ろして冷たい海に投げ込むのはなかなか難しい決断だと思うのですが。

ホロウィッツ氏:スキルの有無にかかわらず追い込まれるとやるしかなくなるのですが、その際に重要なのがコミュニケーションです。戦時には劇的なアクションが必要ですが、それを確実に実行するには組織の隅々まで指令を行き渡らせなければなりません。

その内容は、平時のメッセージとはまったく異なることもあり得ます。でも、CEOが優先すべきは一貫性よりも正しさです。

にもかかわらず、多くのCEOは一貫性のなさを恐れて平時モードから戦時モードに切り替えられません。私が見る限り、そこが一番難しいポイントのようです。

関:戦時のCEOと平時のCEO、そのモードは自分で変えられるものでしょうか?ベンさんにとってここのところはすべて順調で平時が続いているように見えますが。

ホロウィッツ氏:何年もリーダーを務めていると、望む結果を得られないこともありました。現在業績は好調ですが、ときには戦時のCEOのように短い時間で問題にどんどん対応することもあります。

日本は起業家にとって魅力があるも、税制や保護主義が障壁に

関:話を日本に移しましょう。日本はとても独特ですよね。これまでインフレは問題にならなかった一方で、給料の額は相対的に低くなっています。1人当たりのGDPや平均賃金は台湾に抜かれ、韓国にも追いつかれそうです。そして質の高い人材が諸外国に流出している問題もあります。日本の起業家にとって、明るい未来はあるんでしょうか?

ホロウィッツ氏:まず、アジアのなかで日本の生活環境は一番です。そして日本にはすばらしい人材が豊富にいます。これまでに世界的なブランドを有する大企業が生まれたのも日本です。さらに興味深い点として、これまで中国で起業したり活躍したりしていた多くの人材が日本に来たがっています。

これら3点は、日本での起業を検討する強力な理由になると思いますね。

関:では課題は何でしょう?

ホロウィッツ氏:税制ですね。他国に比べて法人税が高いんです。

あと、従来の大企業に対する保護主義も大きな問題です。才能ある人材が日本の大企業を選び、リスクを避ける傾向もありますよね。それを変えて、新興企業で挑戦したいと思わせる文化を作るべきだと思います。 

関:ベンさんは日本に投資していませんよね?以前「まだ日本市場に投資する気にならない、なぜならスタートアップが小さすぎるし、野心が足りない」と言っていました。

ホロウィッツ氏:そもそもアメリカ以外にあまり投資していないんです。それに日本市場について投資するほど知識があるわけではありません。それを考えると、私たちが投資すべきは日本を越えてグローバルな野心のある企業になります。

1980年代の日本には、半導体や自動車などの分野で世界的な競争力のある企業がたくさん存在していました。ですがソフトウェアの時代が訪れ、ソフトウェアエンジニアが重要になったにもかかわらずその数は不足し、日本の競争力は低下しています。

日本のユーザーインターフェースは独特で、わかりづらいものが多いですよね。今後自然言語をもっと活用すれば、ソフトウェア分野でおもしろい機会が生まれる可能性もあるでしょう。

関:日本のスタートアップは、日本である程度成長してから海外を視野に入れるところが多いようです。最初からグローバル市場を目指すべきでしょうか?

ホロウィッツ氏:最初からグローバル市場を目指すのはリスクもあるので、まず日本でというのは合理的でしょう。

というのも、日本はアジアのなかでも特殊な市場です。商習慣もプロダクトもほかの国とは異なります。韓国で製品を売るのとアメリカで売るのはほとんど同じですが、日本はそういうわけにはいきません。

関:それは社会的・文化的に保守的である点も関係しているんでしょうか?

ホロウィッツ氏:それもありますが、消費者の意思決定の仕方や行動が他文化とはまったく異なります。それは日本の強みでもありますが、そんなオリジナリティあふれる日本が世界向けの製品を開発するのは一筋縄ではいかない印象です。

資本は起業家を後押しする国に流入

関:世界的なVCから、日本のスタートアップを投資の対象として見てもらうには何が必要でしょうか?

ホロウィッツ氏:グローバルに通じる革新的なアイデアのほかに、世界レベルの人材が必要です。サンフランシスコやパロアルトにいるような優秀な人材が集まるチームなら、十分対象になるでしょう。

関:現在日本の岸田政権は、スタートアップエコシステムの活性化をに力を入れています。もしベンさんが経済担当相あるいは首相だったら、まず何をやりますか?

ホロウィッツ氏:まずは有能な起業家を日本に集めますね。言い換えると、起業家にとって魅力的な国にするんです。資本は有能な起業家がいるところに集まります

そのためには規制を緩和して税制を優遇するなど、起業家に「成功すれば政府が後押ししてくれる」と感じてもらえるような政策を実行するのが大切です。

アメリカでは、政府が調達を通してスタートアップを後押ししています。たとえば宇宙開発やワクチン開発はその例です。私が日本政府のメンバーなら同じことをするでしょう。

関:日本の社会や文化を変えなければいけないという意見もあります。

ホロウィッツ氏:起業家になりたいと皆が思うようになれば文化は変わります。起業家が活躍し、満ち足りた人生を送ることができれば、過去の文化がどうであれ皆そっちに興味が移るのではないでしょうか?ただし、日本には成功した起業家が少なすぎます。パイオニアが必要です。

関:インサイトにあふれるすばらしいお話でした。本日はありがとうございました!