私たちがRukitaに投資した理由【前編】
2024.03.26 Yumiko Murakami, Miwa Seki, Kathy Matsui, Xia Ye

私たちMPower Partners Fundは日本のスタートアップだけではなく、海外のスタートアップにも投資しています。これまでに投資した案件は15件。そのうち海外の案件は4件です。そのなかでRukitaは私たちが東南アジアではじめて投資したスタートアップとなりました。

インドネシア、そのポテンシャル

インドネシアは皆さんもご存知の通り、東南アジアの中でも群を抜く経済成長を成し遂げている市場です。その人口は世界第4位の2億7000万。そのうち950万人を超える人口がジャカルタに暮らし、近郊の都市を加えた首都圏人口は3500万と言われ、東京に次ぐ世界第2位の都市圏を形成しています。

国民の平均年齢は28歳と若く、出生率は2.2と高い国で、年間の出生数はおよそ480万人にのぼります。日本の年間出生数が80万人弱であることを考えると、日本の約6倍の労働人口が毎年生み出されているわけです。またシンガポールの総人口が550万という点を踏まえても、インドネシアではシンガポール1国に匹敵する国民人口が毎年生み出されていることになります。

労働人口の増加に加えて生産性の向上もいちじるしく、コロナ前までは平均3%の伸びを示していました。デジタル化の推進によって電子商取引の伸びはシンガポールを上回るアジアいちの成長率を記録しています。

もちろん、いいことずくめではありません。デジタルについていける人とそうでない人の格差(デジタルデバイド)は拡大していますし、若年人口の膨張と都市への人口集中によって特に都市部においては良質な賃貸住宅が不足し、大きな社会問題となっています。

今回私たちが投資したRukitaはこのような国家的な課題をテクノロジーで解決するスタートアップです。

青空の下、インドネシアのビル群と、緑の大きな公園の写真

Rukitaとはどんな会社なのか?

ひとことで言うなら、Rukitaはいわば中長期賃貸住宅版のAirbnbです。つまり、長期賃貸住宅 (Long-stay rental housing)の市場で物件のオーナーとテナントの架け橋になるプラットフォームなのです。Rukitaを利用することで、オーナーは物件と収益を簡単に管理できる一方、テナントは便利で管理の行き届いた物件と快適なサービスを手頃な価格で利用できるようになります。

このビジネスモデルによって、Rukitaは創業から4年目で3万人のテナントを獲得し、登録されている部屋数は140万室を突破しました。さらにこのモデルは収益性も高く、EBITDAレベルではすでに黒字化を実現。この成功の背景には、先ほど挙げたインドネシアの都市部、特にジャカルタの不動産市場の環境が大きく影響しています。

インドネシア(ジャカルタ)の不動産環境―歴史的な変遷

インドネシアの首都ジャカルタでは1980年代から2000年に農村部からの移住が大量に進み、わずか数十年のあいだに人口が爆発的に増えたにもかかわらず、一般向けの住宅のインフラ整備は進みませんでした。政府が新都市開発の大きなプロジェクトに注力し、大規模不動産開発業者はジャカルタ都心の高層ビルや大規模な官庁ビルの建設にリソースを注ぎ込んでいたからです。ブルーカラーと呼ばれる一般労働者が購入できる手頃な物件の開発は行われず、増え続ける人口への住宅供給は疎かにされていました。その結果、都市全体で不動産価格の劇的な格差を更に拡大させてしまったのです。

2000年代に入ると一部不動産デベロッパーの投機活動により、中央ジャカルタでは不動産価格が一時ピークを迎えます。中心地から離れるにつれて価格は下がるものの、そうした地域では教育施設や生活に必要な公共施設の開発が滞っていました。また当時の都市開発には適切な空間計画が存在せず、優先されたのは開発者の利益追求です。その結果、都市が周辺へ無秩序に拡大(urban sprawl)しただけでなく、建物自体の品質が犠牲にされ、人々は極めて高い人口密度かつ衛生条件の悪い環境で過ごすようになったのです。

こうした深刻な住宅問題を解決するために、国は制度面でいくつかの救済措置を打ち出しました。その1つがKPR FLPPという住宅支援プログラムを通して、一定の条件を満たす初めてのマイホーム購入者に低金利の住宅ローンを提供する施策です。しかし現実には、KPR FLPPで購入できる物件は品質が低く、都心の職場からは遠く交通の便の悪い場所にあり、近辺に公共の設備もあまりないなどの問題がありました。そうなると持ち家ができたとしても生活の質は向上しません。結局、都市部の住宅価格はますます高騰し、低収入層だけではなく中間層のミレニアル世代にとっても購入がより難しくなりました。

また、外国人はインドネシアの不動産購入に関する規制があるため、自由な売買ができません。外国籍の人がジャカルタで分譲マンションを購入する意欲があっても、買えないのです。

結果的にジャカルタでは分譲マンションの販売が進まず、マンションの過剰提供が深刻な社会問題として残っています。

霞んだ空のジャカルタで、青い車が渋滞をなす様子の写真

深刻な交通問題

ジャカルタを訪れた方なら誰もがご存知だと思いますが、ジャカルタの交通渋滞は世界一深刻です。首都圏全体で人口3,500万を超えるにもかかわらず、地下鉄などの公共交通機関やインフラ整備が遅れているため、都心の移動手段は車かバスに限られます。人口の急増と郊外からの流入により交通密度は年々高まり続け、毎日何十万台という車やバイクがジャカルタ市内に流入し、人々は通勤通学に莫大な時間と労力を費やしているのです。1回渋滞に巻き込まれるたびに30分の機会損失を被っていると推定すると、その経済損失は年間およそ6,000億から7,000億円にものぼると言われます

実際に現地を訪問して比較的高収入の若者たちに話を聞いてみると、通勤の負担を少し軽くするために住む環境を犠牲にして都心の狭い物件を選んでいました。ただし都心の地下鉄の駅近でまともな物件を見つけるのは至難の業です。たとえ少々高めの家賃を支払う意欲と能力を持っていても、そもそも優良な物件がないため、住むことへのこだわりを諦めざるをえない人がほとんどなのです。

そんな中で、私たちはRukitaの物件とサービスに助けられたという若者に多く出会いました。

インドネシアの住宅問題解決の鍵となる形態、コス(Kost)とは?

インドネシアの住宅形態にはアパートメント、高層マンション、一軒家などと様々なタイプがありますが、ここではインドネシアの首都圏でおよそ470万人* が利用するコス(Kost)という同国特有の形態について説明します。

曇り空のインドネシア。奥は高層ビル群があり、手前にはコスと呼ばれるインドネシア特有の住居が並ぶ

コスとは、日本でいうシェアハウス、またはシェアアパートのようなもので、ベッドルームがいくつもある比較的大きめの家でキッチンやお風呂、時にはシャワーなどを共有する形態です。その経済規模はミレニアル世代とZ世代だけで年間140億ドル*。この形態が従来の住宅市場を打破(disrupt)し社会課題を解決するひとつの切り口になると考えられています。

学生やはじめて故郷を離れて首都圏で仕事を始める人にとって、コスは値段の手頃さと賃貸期間の柔軟さから大変魅力的な選択肢です。最近はトイレ・シャワーありの家具付きワンルームにキッチンは共用というタイプが一般的で、多くの場合、家賃には掃除、洗濯、WiFi、空調の費用が含まれます。住宅は居住者のジェンダーによっていくつかに分かれますが、これはインドネシア人の多くが保守的なムスリムであり、異なるジェンダーの人と同じ家や部屋にいるのを避ける傾向があるためです。とはいえ、同じ場所に住むことがが完全に禁止されているわけではありません。

コスの活用により、今後の経済の主力となるミレニアル世代とZ世代が新しい住宅環境を得られるのはもちろん、多様な若者たちが繋がって形成されるコミュニティの中で革新的なビジネスチャンスが生まれることも期待されています。Rukitaはまさにこのコスのアップデートを担う不動産テックスタートアップなのです。

後編では、Rukitaのビジネスモデルやその将来像を紹介します。

* 数字はMPowerの独自調査による