解雇、性差巡る課題解決を―新しい資本主義を検証する
2023.08.22 Yumiko Murakami

※この記事の内容は、弊社ゼネラル・パートナーの村上由美子が共同通信に寄稿したものです。

岸田文雄首相は2021年秋の政権発足直後に看板政策として「新しい資本主義」を打ち出し、その実現に向けた会議を発足させた。市場原理主義の過剰な追求で生じた経済格差などの弊害に適切に対処する一方で、賃金上昇やスタートアップ(新興企業)の育成策を講じて、「成長と分配の好循環」の具現化を目指している。

会議は23年6月で2期目を終了し、政府は「新しい資本主義実行計画」の改定版を閣議決定した。これを機に会議を検証し、過去2年間議論された政策の焦点や今後の課題を考えてみたい。

長期戦

昨年取りまとめた改定前の実行計画は新興企業の育成と人材への投資、科学技術、脱炭素・デジタル化の4本柱で構成された。

特に、新興企業と人材投資は岸田政権の主要政策に位置付けられ、多くの具体策を迅速に進めた。「スタートアップ育成5カ年計画」を打ち出し、22年度第2次補正予算に、経費約1兆円を計上した。新興企業の育成に関連した予算としては過去最大級の規模で、起業に必要な人材や資金供給を支援するさまざまな施策に使われる。

新興企業の育成は経済成長に必要不可欠だが、日本は諸外国より起業率が低い。世界に伍(ご)する「スタートアップ・エコシステム」(新興企業を生み育てる体系)の創造は長期戦になるため、結果を問えるのは数年以上先になるものの、政府が強く関与する形で始動させた点は評価に値するであろう。

人材投資に関する議論では、賃上げを実現する経済社会環境をいかに整備していくべきか、という点が重視された。資本市場が人的資本を有効に活用している企業を適正に評価するには、まず企業の情報開示が必要との見解が示され、男女の賃金格差を含む情報の開示を義務化した。法的強制力を持つ制度となった意味は大きい。

今後、人への投資を積極的に実施している企業は、有能な人材を確保でき、投資家からの評価も高まることから、収益力や生産性、株価といった企業価値の向上が期待される。

さらに実効性の高い施策を立案するには、労働市場の構造改革に踏み込む必要があり、この部分は主に2期目の会議で討議された。リスキリング(学び直し)支援と職務給の普及、デジタルをはじめとした成長分野への労働移動の円滑化を三位一体で進めることで、人的資本の持続的な向上を図るのが目的だ。

メス

既に一部の企業が自発的に学び直しや職務給を導入し始めている。そこに政府の包括的な支援策を上乗せすることで、企業外の訓練を含めた学び直しの機会拡大を通じて、経済全体でデジタル化に適応した労働力を底上げするのが狙いだ。

労働移動の円滑化については、会社員の転職意欲を阻害していたと考えられる退職金の課税制度にメスを入れた。同じ企業に20年を超えて勤めれば、控除額が増える優遇策が見直されることになったのだ。終身雇用を前提とした雇用慣行からの脱却を促し、成長産業に人材が移りやすい環境を整えるのが眼目である。

こうした実効性を伴う具体策が改定版に盛り込まれ、会議は一定の成果を上げたと言えよう。

一方で、今後の課題として残された問題は少なくない。例えば、労働者が不当解雇された場合、職場復帰ではなく企業が金銭を支払うことで解決するルールの制定は、労働市場の構造改革を進めていく上で重要な論点だが、具体的な議論はこれからだ。同一労働同一賃金の適用対象拡大に向けた指針の見直しも必要である。

政府は女性活躍の重点施策を盛り込んだ「女性版骨太の方針2023」も決め、上場企業の女性役員比率の数値目標を明記した。ただ、強制力のある手段には言及しておらず、国内外の投資家がこの比率を重視している現状を本当に認識しているのか疑問が残る。

スイスのシンクタンクである世界経済フォーラム(WEF)が6月に発表した、各国の男女平等度を順位付けした「男女格差(ジェンダー・ギャップ)報告」で、日本は調査対象の146カ国中125位と、過去最低に沈んだ。こうした実情から政府は目を背けてはならない。