前回の記事では、ESG実践のサイクルを紹介したうえで、そのメインとも言えるマテリアリティ(優先課題)分析まで説明しました。
今回は「②ESGの優先課題を特定する」の続きで、マテリアリティ分析の具体的なプロセスを、ステップごとに詳しく解説します。
STEP 1:重要なステークホルダーの視点を洗い出す
まずは社内外の幅広いステークホルダーから特に重要な視点を洗い出しましょう。主なステークホルダーは次の人々です。
社内 | 社外 |
---|---|
・従業員 ・経営層 ・創業者 ・役員 | ・投資家 ・パートナー ・顧客 ・サプライヤー ・地域コミュニティ ・行政 |
STEP 2:課題をリストアップする
次にESG実践で必須の4大テーマをベースに、自社の事業やステークホルダーにとって特に重要だと思う課題を追加していきます。この時、数が多いと実行や管理がしづらくなるため、10~12個以内にとどめておきましょう。
検討したい課題をどの程度広く(狭く)定義するかは企業によりますが、スタートアップでよく挙げられる課題は次のとおりです。
Environmental 環境 | Social 社会 | Governance ガバナンス |
・生物多様性への影響 ・気候変動の緩和 ・環境製品イノベーション ・温室効果(GHG)ガス排出量 ・原材料使用と廃棄物 ・責任あるサプライチェーン ・水質管理 | ・DEI(多様性、公平性、包括性) ・コミュニティへの貢献 ・経済的な不平等 ・従業員の安全とウェルビーイング ・従業員トレーニングと能力開発 ・倫理的なAI設計 ・金融における包摂性 ・人権 | ・取締役会の構成 ・行動規範やガバナンス規定 ・データセキュリティとプライバシー ・出資比率 |
このリストは、GRI、SASB、Ethical OSなど、ESGやサステナビリティ、倫理設計に関するさまざまなフレームワークのほか、私たちMPowerがこれまで関わったスタートアップにおけるベストプラクティスからまとめたものです。なお、ESGの実践サイクルで活用できるフレームワークについては、別の記事で解説します。
STEP 3:自社の視点から優先順位をつける
各課題について、自社の視点から事業に与える短期・長期的な影響を1~10で評価します。
この分析はCEOがリードし、経営幹部が1人以上関わるのが理想的です。とはいえ、従業員の観点が疎かにならないようにしましょう。従業員も重要なステークホルダーです。
各課題が自社に与える影響を判断するには、次の質問が役立ちます。
- この課題に対して明確な戦略を持たずアクションを取らなければ、事業運営が危うくなったり、自社の評判や財務の健全性が損なわれたりするか?であれば、どの程度か?
- この課題に対してアクションを取ると、自社に価値がもたらされるか(投資家や新規顧客の獲得、売上の増加など)?であれば、どの程度か?
上の質問の少なくともどちらかに「はい」と答えた場合、その課題の影響度は高いと判断できます。
STEP 4:ステークホルダーの視点から優先順位をつける
先ほどと同じ要領で、ステークホルダーが各課題をどの程度重視するかを1~10で評価します。主なステークホルダーの評価はだいたい想像できるかもしれませんが、実際に意見を聞いてみるのがベストです。アンケート、インタビュー、打ち合わせなどを行ってみましょう。
インタビューを行う際は、各課題を評価した理由を掘り下げて聞くことが大切です。アンケートの場合はコメント欄を設けるとよいでしょう。こうしたフィードバックは今後、重要なトピックについてステークホルダーとやり取りしたり、自社がESGにどのように対応するか決めたりするうえで非常に貴重な資料となります。
ただし、スタートアップではこのプロセスを複雑にしすぎないよう注意が必要です。 自社の状況に合う方法で効率よく進めましょう。
STEP 5:特に優先すべき課題を特定する
STEP 3と4の数字を合計し、最も高い数字になった課題を特定します。
どんなステージや規模の企業でも、優先課題が多すぎると手に負えなくなります。MPowerのこれまでの経験から、アーリーステージの企業が各アクションにしっかり取り組むうえで適切な数は3~5個です。そうして絞り込めば実行や管理もしやすく、大きな成果も期待できるでしょう。
自社の評価とステークホルダーの評価が異なる課題、特にステークホルダーの関心が高い課題については、その内容を特記しておきましょう。それらの課題に十分対応しているとステークホルダーに感じてもらうには、具体的なアクションが必要になる場合があります。
以上、マテリアリティ分析における5つのステップを一気に解説しました。ここまで来ると自社でのESG実践をなんとなくイメージできるようになったのではないでしょうか。次回は、各優先課題に対する取り組みを実行に移すためのアクションと、その進捗を測るメトリクスを決める段階に移ります。